厳しい言葉



最近よくお話しさせていただく方がいるのですが

その方が、とにかく厳しい言葉※ を多くぶつけてくるのです (-“-;)

※ ここでいう「厳しい言葉」は感情のままに発する「キツイ」言葉とは違います。冷静かつ理論的に事実のみを指摘する言葉です。




私の性格面でどうしても直せないでいる部分など

容赦なく指摘し、えぐってきます(T▽T;)


耳が痛いだけじゃなく

胸にもグサグサと刺さりまくって、失血死するんじゃないかってほどです(/TДT)

本質部分に切り込まれてカチンとくることも・・・・・(`ε´)




でもね

どうしてそこまで厳しく言うのか考えてみたんです

わざわざ貴重な時間を削ってまで

私が絶対喜ばないのをわかっているのに

どうしてあんなに…時にはフルトランス状態で(笑)

私に厳しい言葉を浴びせるのか





答え   愛です。間違いない(笑)




でも誤解のないように(笑)

これは人としての愛です

もっといえば、魂からの愛です

【リンク】AKBの秋元さん 「国生さんに嫌われてると思ってた・・・!」

っていうあのニュースと同じですよ

(本当に国生さんらしいエピソード(笑) 私、嫌いじゃないなぁ(^.^))




厳しい言葉って

相手に対する【成長への期待】という愛がなかったら

絶対出てこないんです




受け取る側はそう思えない場合のほうが多いと思いますけどね

ここまで言っても、この子なら這い上がってくるだろう とか

例え自分が嫌われるとしても

今ここで言ってあげるのが数年後・十数年後にこの人のためになる とか

それだけの伸び代を期待されているからこその“厳しい言葉”なんです




もちろん、「だからってそういう“言い方”はないんじゃない?」という場合もあります



だけど表面的なことでなく、その先に、その奥に、何があるのかを見ようとすることが大事




記事の最初に

 厳しい言葉とは、感情的に発する言葉はキツい言葉ではない

と書きました




だけど全部が全部そうじゃないんですよね

「何度言ってもわからないからつい大声出してしまった」

「本当にただイライラするから言ってやった」

一見ただのキツい言葉のように思えても

根っこには 「ここさえ直せばもっと良くなるのにもったいない!」 とかね

言ってるご本人すら気づいていない愛も込められている場合もあると思うのです





そんなわけで

もしかしたら、このブログを読んでくださる方の中にも

厳しい上司や先輩に参っている方もいらっしゃるかもしれませんが

そんなふうに視点をちょっと変えてみると、深い愛に気付くかもしれません




だって

 の反対語は 無関心 ですから(^.^)

言われるうちが華ってそういうことですから☆





そんなわけで

今日もグッサリ傷つきながらも感謝せずにはいられない

アラフォーのはなっぷでございました

いやほんと・・・・・

このトシになっても指摘してくださる方がいるって・・・・・

ショックも大きいけど、ありがたさの方が大きくて、ただただ、感謝

それしかありません




私、絶対変わってみせるわよ 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA