詩『教室はまちがうところだ』


押入れの整理をしていたら、一枚のプリントを発見しました

約三十年前、小学校の謝恩会で学年主任の清水和彦先生が配ってくださった、一篇の詩です。

小学生向けの内容だけど、この年齢で読むとまた別の視点で感じるところがあって。。。

一昨年亡くなられた清水先生に改めて感謝しつつ、ご紹介いたします。


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『詩』 教室はまちがうところだ

             蒔田晋治

教室はまちがうところだ。

みんなが どしどし手をあげて

まちがった意見を言おうじゃないか。

まちがった答えを言おうじゃないか。

まちがうことをおそれちゃいけない。

まちがうものをわらっちゃいけない。

まちがった意見を

まちがった答えを

ああじゃないか、こうじゃないかと

みんなで出し合い、言い合うなかで

ほんとのものをみつけていくのだ。

そうして、みんなで伸びていくのだ。

いつも正しく、まちがいのない、

答えをしなくちゃならんと思って

そういうことだと思っているから

まちがうことが、こわくて、こわくて、

手をあげないで、小さくなって

だまりこくって、時間がすぎる。

しかたがないから、先生だけが

かってにしゃべって、子どもはうわのそら、

それじゃあ ちっとも のびてはいけない。

神様でさえ、まちがう世の中、

まして、これから人間になろうとしているぼくらが、

まちがったって、なにがおかしい。

あたりまえじゃないか。

うつむき うつむき

そっとあげた手、はじめてあげた手

先生がさした。

どきりと胸が大きく鳴って

どきっどきっとからだがもえて

立ったとたんに忘れてしまった。

なんだか ぼそぼそしゃべったけれども

なにをいったか ちんぷんかんぷん

わたしはことりと すわってしまった

からだが すうっとすずしくなって

ああいゃあ よかった

こういゃあ よかった。

あとで いいこと うかんでくるのに

それでいいのだ。

いくども いくども

おんなじことをくりかえすうちに

それから だんだん どきりがやんで、

いいたいことが いえてくるのだ。

はじめから うまいこと

いえるはずないんだ。

はじめから 答えがあたるはずないんだ。

なんども なんどもいっているうちに

まちがううちに

いいたいことの半分くらいは

どうやら こうやら いえてくるのだ。

それから たまには答えもあたる。

まちがいだらけのぼくらの教室

おそれちゃいけない、わらっちゃいけない

安心して 手をあげろ

安心して まちがえや。

まちがったって わらったり

ばかにしたり おこったり

そんなものは おりゃあせん

まちがったって

だれかがなおしてくれるし、教えてくれる。

こまったときには先生が

ないちえしぼって教えるで

そんな教室作ろうや

それはへんだといわれたって

それはちがうといわれたって

そう思うんだから、しようがない。

だれかが かりにもわらったら

そう思うんだから なにがわるい。

まちがっていることがはっきりすれば、

ひとがいおうが いうまいが

じぶん ひとりで あらためる。

わからなけりゃ そのかわり

だれがいおうと こづこうと、

じぶんの意見をまげはせん

そんな教室 作ろうや。

みんなでしゃべって作ろうや。

—————-以上———————-


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